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名古屋コーチン発祥の地は名古屋じゃないの? 名古屋コーチンの謎

名古屋コーチン発祥、名前の由来と真実

画像提供:小牧市

名古屋コーチンという名前を聞くと、その名の通り愛知県名古屋市が発祥の地と想像する人が多いでしょう。しかし、その実際の起源は、名古屋市から北に約20km離れた小牧市にあります。名古屋市と小牧市、両市は愛知県内で地理的にも歴史的にも深い繋がりを持っています。

小牧市と名古屋コーチンの誕生の背景

小牧市での名古屋コーチンの誕生は、旧尾張藩士、海部壮平・正秀兄弟の情熱的な取り組みの結果といえます。明治維新の動乱の中、士族としての地位を失った彼らは、新たな道として鶏の品種改良に挑戦しました。尾張藩の歴史を辿ると、武士が養鶏を副業として行っていたことがわかります。その養鶏の伝統と、尾張藩で収集された技術や知識が、名古屋コーチン誕生の大きな土台となったのです。

さらに詳しく見てみると、明治時代には、多くの武士たちが新しい時代の変革に対応するため、農業や商業などの新しい道を探していました。海部兄弟もその一人で、鶏の品種改良を通じて新しい価値を生み出そうとしました。彼らは、中国から導入された大型で豪華な羽毛を持つバフコーチンと、尾張地方の地鶏を交配。その結果、品種改良に成功し、今私たちが名古屋コーチンと呼ぶ鶏が誕生しました。

名古屋市と小牧市、歴史を通じての絆

名古屋コーチン発祥の地・小牧市と名古屋市の関係は、戦国時代にさかのぼります。特に、織田信長の死後に起こった「小牧・長久手の戦い」は、両都市の歴史に大きな足跡を残しています。この戦いは、羽柴秀吉と徳川家康が織田家の後継者を巡って激突したもので、日本の戦国時代の終焉を告げる重要な戦いとなりました。

また、小牧市は名古屋地域の空の玄関口である名古屋空港の所在地としても知られています。戦後の高度経済成長期には、多くの人々や物資がこの空港を通じて流れてきました。しかし、2005年の中部国際空港の開港により、その役割は一変。現在は一部の国内線や貨物便が運行しています。

名古屋コーチンを讃える、小牧市の取り組み

小牧駅近くのカリヨン広場には、「名古屋コーチン発祥の地」としてのモニュメントが設置されています。この銅像は名古屋コーチンを実物大で再現しており、多くの観光客や市民が訪れるスポットとなっています。小牧市は、この歴史的背景を持つ鶏の品種とのつながりを非常に誇りに思っています。

小牧市の地域資源としての名古屋コーチンを更に活かすため、地元の農家や事業者と連携して、名古屋コーチンを使用した料理や商品の開発も進められています。市内のレストランやカフェでは、名古屋コーチンの美味しい料理を楽しむことができます。また、名古屋コーチンを使った地域ブランド商品も増えてきており、観光客に人気の土産物となっています。

まとめ:名古屋コーチンの魅力とその背景

名古屋コーチンは、その名の通り名古屋市と深い関係を持っていますが、その発祥の地は小牧市ということを忘れてはいけません。名古屋市と小牧市、両都市が持つ歴史や文化が、この鶏の品種の背景には深く刻まれています。

名古屋コーチンの誕生には、時代の変遷や人々の努力、そして偶然が絡み合っています。こ れからも、この歴史的背景を胸に、名古屋コーチンをPRしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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